たまの乗り物日記

乗り物(飛行機,鉄道,バスなど)に関する記事を紹介しています。

さようなら快速113系電車

113系引退前の最後のイベントとして99年11月23日に「さようなら快速113系電車」津田沼-横須賀間を走りました。

この列車はこれまでのイベント列車とは違い、びゅうプラザ企画の団体列車として運行されました。

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↑当時のパンフ・表

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↑当時のパンフ・裏

さよならイベントという形ではありましたが「横須賀ぶらり旅」ということで4時間のフリータイムを設けるなど一般客もある程度狙ったパンフになっていました。

ただ最初に見たときには「面白い企画だな」と思いながらも「こんなの集まるのかなあ」とも思っていました。弁当が出るとはいえ所詮普段から走っている113系に往復乗るだけで普通車が4000円、そして最少催行人員が300人という多さ…。

私は早々に申し込んでおきましたが、実際定員割れで中止になるのではという声も上がってきました。しかし最後の追い込みがあったのか、最終的には450人程度の参加者を集め、予定通り開催されたようです。

なお個人的な話ですが、この時期はプロジェクト進行の真っ最中で、休日出勤の話もちらほらあって11月23日も出勤という話が出ており、やばいなあと思っていました。

しかし日ごろの行いがよく?神の思し召しか勤務先のビルがこの日法定点検で停電となり、会社に入れないためこの話は流れたのでした…。

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津田沼駅東京方では準備万端(99.11.23 津田沼駅

さて当日です。 津田沼駅に着くと、東京方では出発セレモニーの準備もすでに済んでいる状況でした。
時刻は9:48。今日はちょうど他の3編成も通常運用に入っていたのですが、偶然か千葉支社の配慮かこの出発に前後した運用に入っていました。1番線を発車するのは879Fの千葉行です。

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↑入線するさようなら快速113系電車(99.11.23 津田沼駅

徐々に乗客とカメラを持ったファンが集まる中、10:13に幕張区から2番線に入線してきました。この列車もクハ111-1111を連結したマリ111編成が充当されました。

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113系同士の並びその1(99.11.23 津田沼駅

10:17に下り885Fが到着し、2本が並ぶシーンが展開されました。しかし津田沼駅千葉方の狭いホームは人だらけで、残念ながらこんな写真しか撮れず…。

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↑マリ111編成:クハ111-1111(99.11.23 津田沼駅

ついこの間までここで写真を撮っているのは自分くらいしかいなかったのですが今日は沢山の人が写真を撮っており「今頃遅いよ」と思っておりましたが、その中で私も1枚。

今回のヘッドマークは房総急行や夏臨でお馴染みの小さなヘッドマークで、貫通扉に収まるサイズは113系にぴったり。前回の横須賀線メモリアル号よりも様になっていました。
113系と駅員が並ぶ絵柄は国鉄時代からパンフレット等で使用されたものだそうです。

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113系同士の並びその2(99.11.23 津田沼駅

10:23。先ほどの下り快速の折り返し1078Fが3番線に入り、再び113系同士が並びました。今度は何とか並びの写真が撮れました。残り4編成になってしまうとなかなか並びの写真も貴重なものになってきます。

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↑グリーン帯の修正されたサロ110-1254(99.11.23 津田沼駅

せっかくのグリーン帯なのに昔はかかっていなかったドアにまで引かれてしまったというサロ110-1200ですが、このイベントの前にきちんとドア部分が外されていました。
やはりかかっているかそうでないかで大きな差があるというのは、往時を知る自分だからでしょうか。もっとも、グリーン帯のない時代の方がはるかに親近感を覚える自分は、やっぱりなくていいなあと思いましたが…。

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↑出発セレモニー(99.11.23 津田沼駅

東京方先頭車ではセレモニーが行われ、運転手さんへの花束贈呈や地元高校の吹奏楽演奏などが行われていました。

さて列車は10:32に津田沼駅を出発し横須賀へ向かいます。
このイベントは号車指定でした。クハ111-1111などは満席になりそうなことが予想されたことと、私は電車はモーター車しか乗らない主義なので、隣の10号車を指定しました。これは正解で、ボックスに2名ほど+ロングシートにちらほらという乗車率でのんびりとすることができました。なお1,4,5,11号車が満席になったようです。
そして意外だったのは鉄道好き以外に家族連れやおばさん集団とか、113系はあんまり興味のないような人が多かったことです。あれだけ一般人を集客できたのであればイベントとしてはまずまずだったのではないかと思いますし、その人々に113系の功績が伝わるのであれば、それは喜ばしいことなのではないかと思いました。

沿線は多くのカメラマンが写真を撮っていました。何しろ復路は夜なので総武快速線でこの電車を取るのは一発勝負になります。でもやっぱ電車は撮るより乗らないと…と私は思いますがね。

団体列車なので、列車はそれほどスピードを上げてくれなかったので、乗りつぶし的にはあまり面白くはなかったですが、市川で通過線に入ったのと、普段通過する電車のない横浜を通過した(しかも何故かここだけ猛スピードを出した)のはなかなか興味深かったです。

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↑車内で配られた弁当の包み紙

車内では千葉ではお馴染み万葉軒の特製弁当が配られました。当線の113系で大手を振って弁当を食べるのはなかなか勇気のいることなので、まあ良い経験になりました。味は普通だったと思います。

1時間40分はあっという間に過ぎて、12:12に横須賀駅に到着。ここではちょっとした撮影会状態でした。

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横須賀駅に到着したさようなら快速113系電車(99.11.23 横須賀駅

横須賀駅では鉄道部品販売会が行われていました。ですが号車ごとに順番が決められたのですが10号車は全然ダメで、聞くところによると301系布製方向幕などレア物もあったようですが自分の順番では欲しいものは何もありませんでした。113系の方向幕とかあったら欲しかったのですが。。。

ここからはフリータイムになります。113系はこの後回送で一旦大船まで戻るため、その回送を撮ることにしました。

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↑横須賀の軍港をバックに大船へ向かう回送電車(99.11.23 田浦-横須賀)

ここはその頃の鉄道ダイヤ情報に載っていた撮影ポイントで、バックに横須賀の入江と軍港を望めるポイントです。横須賀線総武快速線も房総方面も意外にも海と一緒に撮影できるところはほとんどなく、私が撮った写真では唯一の海と一緒の写真になりました。

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↑駅を少し行くと海が広がっている(99.11.23)

モデルルートではドブ板通りなどの定番スポットが書いていましたが、何しろ横須賀駅は街外れにあり結構行くのは大変です。なのでその後は駅近くのショッパーズプラザ横須賀で休憩したり、海を眺めていたりしていました。

先ほど一般客も多かったと書きましたが、この4時間の間にでは実際に観光らしいことはできたのだろうか…?というのは若干心配になるところです(まあ9割方は本当に横須賀を観光しに来たわけではないと思いますが) 天気はあいにく曇り空だったのですが何とか雨にはなりませんでした。

4時間のフリータイムが過ぎ、16:50発の津田沼行で戻ります。

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↑薄暗くなってもフラッシュはやまなかった(99.11.23 横須賀駅

今度はクハ111-1111が先頭に立ちます。すでに日は落ちようとしていましたが、皆熱心に写真を撮っていました。
復路はすっかり日が暮れており、113系津田沼に向けて淡々と戻っていきましたが、途中満月の放送があったり、東京駅での時間調整の間に113系の生い立ちについての放送があったりして、飽きさせない工夫がされていました。

復路では、ヘッドマークの抽選販売申し込みが行われていました。たしか5万円だったと思います。もらってもなあ、お金ないし…と一瞬躊躇しましたが申し込まないよりは、と思って申し込んでおきました。結果は…落選でございました。

列車は錦糸町からは各駅に止まって途中下車解散が行われたため、車内は少しずつ人が減って行きました。各駅に止まる様は普段の快速そのものだったため、放送はひっきりなしにされていましたが誤乗する客もいたようです。

18:44に津田沼駅に無事到着しました。

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↑無事津田沼駅に戻ってきました(99.11.23 津田沼駅

全体を通して、普段は人大杉で殺伐とした引退列車も、団体列車ということで車内も余裕があり、様々なイベントも行われてとても楽しく印象に残ってよかったです。これなら4000円も高くないなと思いました。このようなイベントを開催してくれた千葉支社には感謝したいと思っています。

なお先頭のクハ111-1111はこのイベントを持って再び編成から外され、マリ111編成は元のマリ113編成になりました。クハ111-1111はこのまま廃車解体となり現存しません。数字の偶然とはいえ良い番号を持った車両があっさり解体されてしまったのはちょっと残念ではありました。